
認知症は記憶障害を軸に、その他さまざまな障害が加わることで周囲のことを正しく認識することが難しくなります。
その中でも、「妄想」というのは現実と想像が混ざってしまい、何が本当なのか境目がなくなってしまう非常に困難な症状です。
しかし、「被害妄想」という言葉を聞くと、一方的に「本人が悪い」というイメージがありますよね。
本当にそうなのでしょうか?
認知症の被害妄想について、もう一歩踏み込んで考えてみましょう。
そうすれば、あなたが介護をしている大切な人に合った適切な対応の仕方がきっと見えてくるはずです。
それでは、くわしくみていきましょう。
「財布がない!」と騒ぐ
被害妄想の中でよく見られるのが、お金にまつわる妄想でしょう。
自分が財布をしまったのにもかかわらず、その場所も、しまったこと自体も忘れてしまいます。
※そのため、身近である家族が疑われることに・・・

私の財布を盗んだでしょ!

え~!!何いってるの!お母さん!私が盗むわけないでしょう!
このように、実の親から泥棒扱いされることもあります。
家族にとってこれは非常に辛いことですよね。
ですが、この被害妄想にもきちんとしたワケがあります。
そのワケを理解するためにも頑張って本人の世界に入り考えてみましょう。
なぜ身近な人が疑われるのか?
「財布がなくなった!」
「通帳がなくなった!」
大切な物がなくなってしまうと、疑われるのは家族です。
どうしてでしょうか?
では、それを理解するためにも、私たちが大切な物をなくした時のことをシミュレーションしてみましょう。
※もしも、あなたが大切にしまっておいた指輪が見当たらなかったら・・

あれ!大切にしていた指輪がない
※あなたは必死に探すでしょう。でもどこにもありません。
持ち出した記憶もまったくないので、あなたは他人のせいだと判断するでしょう。

誰かが持ち出したんだわ!
※「誰かが持ち出した」ということは同居している家族しか考えられません。
そこで、あなたは身近な人を疑うはずです。

あんた!私の指輪を勝手にとったでしょう!?

え~!お姉ちゃん!何言ってるの?私、知らないよ!
このように、私たちも大切な物がなくなった時、同じように家族を疑うのではないでしょうか?
※それとも近所の人を疑い、聞き出しますか?

あの~。私の机の引き出しにしまっておいた指輪を知らないでしょうか?

は???
こんなことはしませんよね。
当たり前のことです。
このように、人は誰でも家の中で大切な物がなくなれば、まず一緒に住んでいる家族を疑うものなのです。
それにしても、なぜ、「盗んだ!」、「泥棒!」などとひどい言葉を発するのでしょうか?
お金と私たちの関係

認知症だと診断された時点で、これからお金にまつわることに問題が出始めると覚悟をしておく必要があります。
それほど、多くの人がお金のことで周囲を困惑させることがあるからです。
なぜでしょうか?
それは私たちとお金の関係にあります。
私たちは誰でも、口にこそは出しませんが、いつもお金のことを気にして生活していないでしょうか?
お金のことはいつも頭にあり、なかなか離れることはありません。
それは、「お金」というものが私たちが生きていく上でなくてはならないものであり、生命線でもあるからです。
それゆえ、認知症になり、たとえお金の管理を自力でできなくなっても、お金に対する執着が強く表にあらわれることがあります。
(参考記事)
お金は私たち人間にとって物を買うだけでなく、多くの意味があり、非常に大きな存在なのです。
では、あなたに質問をしますね。
※あなたは家の中にあるお金や通帳やその他の貴重品をひと目のつく場所に投げ出していますか?

いいえ。タンスの引き出しにしまっています
※では、家から帰るたびに、そのお金や通帳があるかどうか確かめますか?

いいえ。確かめません
※なぜですか?

しまってある場所がわかっているからです
ですよね。
※このように私たちは、
■大切な物をしまった場所を覚えている
■大切な物をしまったことを覚えている
これらの記憶がしっかりと脳の中にあるため、チェックすることも、「盗まれた!」と騒ぐこともありません。
※しかし、認知症の人は、
■大切な物をしまった場所を覚えていない
■大切な物をしまったことを覚えていない
これらのことをスッポリと忘れてしまいます。
しまった場所を忘れたため、不安になりにチェックします。
そして、なければ・・
しまったことを忘れているため、「盗まれた!」と判断するのです。
これが、生きていくための生命線であるお金や通帳であるがゆえに、その騒ぎ方がいっそうひどくなるのです。
認知症の症状が起こる共通の原因は不安感が増すこと。
(参考記事)
不安にかられている時に、お金や通帳などにしがみついてしまうのは仕方がないことだと思うのです。
「ない!」が原因で騒ぐのは私たちと同じ
私たちも、しまったはずの場所から、大切なお金がなくなれば家族を疑います。
もしも一人暮らしならば、警察に通報するでしょう。
それら一連の行動は「被害妄想」と呼ばれるでしょうか?
いたって普通の行動であり、そのようなことがあれば、たとえ騒いだとしても他人は理解してくれます。
それは認知症の人も同じこと。
ただ、「認知症」という病気が、しまった場所や、しまったことを忘れさせているだけです。
ですから、そのことを取り去れば、私たちと変わらない行動をとっているのと同じなのです。
「病気」の部分をカバーしてあげる
では、このような被害妄想によっておこる物盗られ妄想にどのように対応すれば良いのでしょうか?
それには、認知症によっておこった病気の部分をカバーしてあげることです。
病気でおこった部分とは・・
■大切な物をしまった場所を覚えていない
■大切な物をしまったことを覚えていない
これら、「病気が起こしている部分」を周りがカバーしてあげましょう。
■目の届く場所に張り紙をしておく
本人がいつも目の届く場所に、大きな字で以下のような文を書いた紙を貼っておきましょう。

お母さんの財布と通帳と印鑑は私が預かっています。
●●より。
このようにしておけば、「娘に預けた」といつも確認できるため、しまった場所やしまったことを忘れるという病気の部分が出現することが減ります。
そして、会話の中でも・・

お母さんのお金や通帳は私が預かっているからね

うん。わかったよ
このように、まずは共感してあげて、一緒に探してあげましょう。
それでも見つからない場合の対応法も考えておきます。
■似ている財布にお金を入れて用意しておく
■他のことで気をそらす
どうしても見つからない時には、あらかじめお金を入れておいた似ている財布を「あったよ!」と差し出してあげましょう。
いがいとこれですんなりと落ち着いてくれる場合もあるものです。
また、「いったんお茶にしましょう」と他のことで気をそらすのも効果的です。
このように、何段階かの対応をしてその場は落ち着かせてあげましょう。
どうしても対応できないときは
認知症が悪化してくると、これらのことでも対応できなくなる場合があります。
暴力や、暴言など、本人に少しでも接することすらできない場合は外部に助けを求めてください。
身内だと、どうしても「感情」が入り込むのです。
「病気」をどうしても「病気」として切り離してみることができないときが出てきます。
そのようなときは、無理をせず、「病気」として冷静に対応してくれる介護の専門職の人を頼るべきでしょう。
ショートステイなど、いっときでも環境が変わることで症状が落ち着くこともあります。
私たちが本当に疲労をするのは肉体的なことよりも精神的なこと。
(参考記事)
被害妄想という症状は、身内である家族の精神的疲労はハンパではありません。
介護の基本は、本人だけでなく、介護人も家族もすべて良い状態を保つことを忘れないようにしましょう。